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六四天安門事件の中核学生がw・バフェット氏の後継候補に

1 :マンニィφ ★:2010/07/31(土) 22:29:41 ID:???0
天安門広場でデモ隊組織した学生、バフェット氏の後継者候補に
ttp://jp.wsj.com/Finance-Markets/Finance/node_87094
リ・ルー氏(右端)と天安門広場で抗議活動に参加した学生(89年6月)
ttp://jp.wsj.com/var/plain_site/storage/images/media/lu_1/1458431-1-eng-US/LU_1.jpg
 20年前、リ・ルー氏は北京の天安門広場で抗議活動を行っていた学生の1人だった。現在、ヘッジファンドのマネジャーである同氏は、
米投資会社バークシャー・ハザウェイを率いるウォーレン・バフェット会長兼最高経営責任者(CEO)の後継者の1人になる可能性が高い。

 バークシャーのチャーリー・マンガー副会長の友人である中国系米国人のリ氏(44)は、同社の1000億ドルのポートフォリオの大半を
運用する投資責任者の有力候補に浮上した。副会長はインタビューで、リ氏はバークシャーの最上級の投資職を担う可能性があるとし、
「個人的には、当然の結果とみている」と述べた。

 バフェット氏のポジションの継承は、近代の企業史における最も注目度の高い後任人事の1つだ。1カ月後に80歳になるバフェット氏は、
現時点では引退の計画はない、と話す。

 ただ、バフェット氏は退任後、自身のポジションを分割し、複数のCEOが資産を運用する形態を導入する可能性が高い。
バークシャーの投資を監督する候補者として登場したリ氏は、伝説の役回りの継承において名前が言及された最初の人物だ。

 この展開は、バークシャーが継承計画の実施 ─ 投資家が考えているよりも早期に ─ に向けて動いていることを示唆する。

 リ氏はすでにバークシャーに利益をもたらしている。同氏がマンガー氏を中国の蓄電池・自動車メーカー、比亜迪(BYD)に紹介したことが、
バークシャーのBYDへの出資のきっかけになった。

 バフェット氏によると、バークシャーのBYD持ち分は2008年以降、6倍超となり、約12億ドルの利益を生み出した。リ氏のヘッジファンドは
98年以降、年26.4%のリターン(複利ベース)をあげている。これに対し、同期間のS&P総合500種指数のリターンは2.25%だ。
(続く)

2 :マンニィφ ★:2010/07/31(土) 22:30:34 ID:???0

 リ氏のウォールストリートでの成功は非常にドラマチックだ。中国の文化大革命の最中に両親が強制労働収容所に移送されたリ氏は、
幼少期に里親の間を行き来した。天安門事件の後はフランスに逃れ、その後、米国にやって来た。

 リ氏のヘッジファンドの投資家には、米財界の幹部や英国人ミュージシャンのスティング氏がいる。スティング氏はリ氏を「勤勉で賢明」と
評価している。

 リ氏が投資幹部になれば、投資の戦略がバフェット氏の戦略から大きく変化することになる。リ氏は主にアジアのハイテク企業に投資を行う。
一方、バフェット氏は通常、理解できない業界には投資しない。

 バフェット氏によると、バークシャーは投資の最高位職を、2人以上のマネジャーに与える可能性がある。これらのマネジャーは
同等の職責を有し、バークシャーのポートフォリオの運用を分担する。バークシャー傘下のミッドアメリカン・エナジー・ホールディングスの
デービッド・ソコル会長(53)は、CEO職の有力候補とみられている。

 バフェット氏は後任人事について直接、言及するのを避けた。ただ、リ氏のような投資マネジャーに、バークシャーの最高職を与える可能性を
排除してはいない。

 バフェット氏は「退任する前に、投資マネジャーらを招き入れる考えには賛成だ」と述べた。同氏は年内のマネジャー採用の可能性を
排除してはいないが、時期について「目標」はない、とも述べている。

 バフェット氏は、バークシャーの投資責任者らが、1つの案件から「グループとして利益を得る」ようなチーム・アプローチを思い描いているとし、
「マネジャー同士での競り合いは望んでいない」と述べた。

 バフェット氏は、リ氏は幾つかの重要な点において、条件を満たしているとし、「従前に見舞われたことがない問題にも対処が可能な
人材を望んでいる」と述べた。

 リ氏は逆張りの投資家だ。BYD株を大量の購入したのは、株が売られていた時期だ。リ氏はバークシャーの大ファンだと公言する。
「バークシャーへの特別の思いを持っている人物でなければ、採用したいとは思わない」とバフェット氏は語る。
(続く)

3 :マンニィφ ★:2010/07/31(土) 22:31:11 ID:???0

 しかし、リ氏の採用はリスクも伴う。BYDの大きな賭けは、リ氏が大規模投資で放った唯一のホームランだ。BYDを除けば、
ヘッジファンド・マネジャーとしてのパフォーマンスは別段目立たない。

 バークシャーの大規模ポートフォリオの運用に当たり、リ氏がこのような利益を得られるかどうかはまだ分からない。

 マイナス点はまだある。大規模な投資を行い、その間は相場が下落しても動じないリ氏の戦略は、弱気相場が長期間継続した場合に
裏目に出る可能性がある。リは09年に200%のリターンをあげたが、今年は一転、年初来リターンはマイナス13%だ。S&P500種は
マイナス6.6%で、リ氏のマイナス幅はこのほぼ2倍だ。

 リ氏はバークシャーのポジションについての言及を避け、同社のインナーサークル(共通の目的を持つ内集団)のメンバーになって幸運だと
感じている、とだけ話す。「これは夢の中でも起こらないようなことだ」とリ氏は言う。

波乱の半生

 リ氏は毛沢東元国家主席による文化大革命が始まった1966年に誕生した。同氏が9カ月の時、技術者だった父親は「再教育」のため炭鉱に、
母親は強制労働収容所に送られたという。両親は、幾つか家族に金を支払い、リ氏の養育を依頼した。リ氏が両親と2人の兄弟に
再会したのは10歳になる頃という。

 リ氏はその後、南京大学に進学し、物理学を学んだ。89年4月、リ氏は北京の天安門に旅立った。改革推進派とみなされた
胡耀邦元総書記の死を悼むために広場に集っていた学生に会うためだ。

 学生は天安門で汚職などに対する抗議活動を行っており、リ氏も学生を組織し、ハンストに加わった。

 リ氏は天安門事件の後、ほかの学生とともにフランスに逃れた。同年、人権活動家らが同氏を英雄と称えたニューヨークのコロンビア大学で
講演するため、米国を訪れた。
(続く)

4 :マンニィφ ★:2010/07/31(土) 22:31:19 ID:???0
(続き)
 リ氏はコロンビア大学から奨学金を獲得して英語を習得し、同時に学位も取得した。大学によると、同氏は経済学と法学の学位、
および経営大学院の学位を得ている。

 リ氏は93年、コロンビア大学で行われたバフェット氏の講演を聞いた。中国で暮らしていた頃、金融市場は信用できないと言っていた同氏は、
バフェット氏の話を聞いたことで、株式投資に関する懐疑的な考え方を振り切ったという。

 96年に同大学を卒業したリ氏は、97年にヘッジファンド、ヒマラヤ・パートナーズを設立した。人権活動家の知人を通じ、リ氏は裕福な
顧客をすぐに集めることができた。ランダムハウスの元会長で、人権団体ヒューマンライツ・ウォッチを創設したボブ・バーンスタイン氏や、
スティング氏などがリ氏の顧客になった。

 ヘッジファンド・マネジャーとして最初の年の98年、リ氏は運用に失敗した。主にアジア株に投資していた同氏のファンドが、
アジアの債務危機で19%の損失を出したのだ。しかし、危機が収束するとファンドは息を吹き返し、99年末までには損失を帳消しにした。

 リ氏の人権活動を通じた知人の1人にジェーン・オルソン氏がいた。バークシャーのディレクターで、マンガー氏が創設を手助けした
ロサンゼルスの法律事務所の初期のパートナーだったロナルド・オルソン氏の夫人だ。

 03年の感謝祭の日、オルソン夫妻が休日を過ごすカリフォルニア州サンタバーバラの邸宅に招かれたリ氏は、ある人物に出会った。
夫妻の邸宅の近くに住宅を所有していると話すその人物こそ、バークシャーのマンガー氏だった。

記者: Susan Pulliam

5 ::2010/07/31(土) 22:44:12 ID:BkR9N1mu0

自首書=又一条好漢

6 :Ψ:2010/08/01(日) 00:20:47 ID:LvpjlV/o0
中国共産党主席の後継者になるのもヤクザだが、バフェットの後継者になるの
もヤクザだな。

7 :Ψ:2010/08/01(日) 13:27:49 ID:8FfQbCL10
バフェットの名言の一つに「ワケのわからないものには投資しない」ってのがあったが、
さすがに耄碌したか。

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